6月の学長通信

「大阪労働学校・アソシエ」の講義へのお誘い
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学長 本山美彦

2016年6月の講義予定(講師陣の敬称略)

第1限(10時半~12時)「基礎ゼミナール」
 齋藤日出治(元・大阪産業大学副学長) 毎週火曜日(6月7、14、21、28日)
 「必ず克服できる資本主義」
  ・・・「資本主義と搾取」、「資本主義と国家」、「資本主義と格差」、「グローバル資本主義と金融資本主義」、といったテーマを検討することによって、資本主義の
基礎的な枠組みを学び、その枠組みから今日の経済と社会を考えます。

 本山美彦(京都大学名誉教授) 毎週水曜日(6月8、15、22、29日)
 「世界を動かしている力とはなにか?」
・・・「資本主義と公共性」、「大恐慌の認識」、「歴史認識のゆらぎ」、等々のテーマを素材に、革命の理想と現実の格差、持続的社会主義建設の可能性を考えます。

齋藤・本山の両講師 毎週金曜日(6月10、17、24日)
「自由討論」
  ・・・講義で感じたこと、疑問、個人の意見を自由に出しあって、意見交換をします。
  加えて、この学校の精神を高め、流布する方策を講師陣、学生間で話し合います。

第2限(13時半~15時)「社会変革の古典を読む講座」
大賀正行(部落解放・人権研究所名誉理事) 毎週火曜日(6月7、14、21、28日)
 「エンゲルス・『空想から科学へ』を読む」
  ・・・古典をじっくりと読む姿勢を養います。

 友永建三(部落解放・人権研究所名誉理事) 毎週水曜日(6月8、15、22、29日)
「森信成『唯物論哲学入門』の読み合わせ」
  ・・・「疎外―神・国家・資本」、「民主主義」、「疎外からの解放と人類の進歩」、
「啓蒙主義と空想的社会主義」を通して唯物論と観念論の違いを学びます。講義の最後に感想と質問を文書で提出することによって、古典を読む姿勢を学びます。

 田畑稔(『唯物論研究』編集長) 毎週金曜日(6月10、17、24日)
 「マルクスのアソシエーション論」
・・・アソシエーション論を中心に据え、現代に生きるマルクスに迫ります。「社会の類型」を考察しつつ、世界観、哲学を持って人生を生きることの意義を考えます。

第3限(16時半~18時)「社会制度の改革を学ぶ講座」
 永嶋靖久(弁護士) 6月1日(水)
「秘密法・盗聴法・共謀罪」
・・・一昨年、秘密保護法が制定された。今年5月24日に、刑事訴訟法改正案の国会での可決が見込まれている。この秋にも、共謀罪の国会提出が狙われている。そ
れらの問題点と怖さをお話します。

 生田あい(大阪労働学校理事長、変革のアソシエ、コモンズ編集者) 6月23日(木)
 「社会変革の闘い」
・・・ フランス、ロシア、中国、キューバ、ベネズエラの経験から学びます。

 金早雪(キム・チョソル、信州大学社会科学系〔経法学部〕経済学科教授) 6月27日(月)
 「アジアの社会保障」
 ・・・都市化、スラム化を是正する「農村婦女会」、「大韓老人会」、「キリスト教会系各団体」などの民間の地域福祉活動の成果についてお話します。

第4限(19時~20時半)「共生・協同社会建設を学ぶ講座」
 津田直則(桃山学院大学名誉教授) 6月20日(月)
「イタリア協同組合コミュニティ」
  ・・・社会的経済を担う協同組合社会を学びます。

 山元一英(全港湾大阪支部委員長) 6月24日(金)
 「労働組合論」
 ・・・「港湾の産別の闘争①」(企業内労組から業種別・産業別労組への転換)

2016年5月に行われた講義の概要

第1限「基礎ゼミナール」
 齋藤日出治 毎週火曜日(5月10、17、24日)
 「必ず克服できる資本主義」
  ・・・「レギュラシオン理論」、「新自由主義の起源」、「ポランニー論」など、資本主義を理解するための基礎的な枠組みの講義。

 本山美彦 毎週水曜日(5月11、18、25日)
 「世界を動かしている力とはなにか?」
・・・「1921年のクロンシュタットの水兵反乱」、「経済政策と公共政策」を素材に、革命の理想と現実の格差を考える講義。

齋藤・本山の両講師 毎週金曜日(5月6、13、20、27日)
「自由討論」
  ・・・「理論の次元」、「受給曲線に見る理論と現実の間」を素材にした討論。

第2限「社会変革の古典を読む講座」
大賀正行 毎週火曜日(5月10、17、24日)
 「エンゲルス・『空想から科学へ』を読む」
  ・・・古典をじっくりと読む訓練。

 友永建三 毎週水曜日(5月11、18、25日)
「森信成『唯物論哲学入門』の読み合わせ」
  ・・・「唯物論と観念論の交錯」、「宗教・思想に伏在する差別」を講義。

 田畑稔 毎週金曜日(5月6、13、20、27日)
 「マルクスのアソシエーション論」
・・・アソシエーション論を中心に据え、現代に生きるマルクスを講義。主体性を重視。

第3限「社会制度の改革を学ぶ講座」
 加藤哲郎(早稲田大学大学院客員教授) 5月9日(月)
「戦争の記憶―ゾ ルゲ事件、731部隊、シベリア抑留」
  ・・・「歴史の記憶が変遷することの重要な意味」。「機動戦・陣地戦から情報戦へ」についての講義。

 服部良一(元・衆議院議員) 5月16日(月)
「憲法問題」
  ・・・沖縄で相次いで起きる米兵による事件事故。沖縄では憲法よりも日米地位協定が優先され、日米安保のもとで住民の人権がないがしろにされている実態。

 杉村昌昭(龍谷大学名誉教授) 5月10日(火)、5月17日(火)
 「68年と現代史」
 ・・・「ギリシャ現代史」、ヤルタ会談とギリシャ内線、そして現在のギリシャ債務危機から反グローバリズムの運動を考える。新自由主義的グローバリゼーションの歴史的展開の総合的理解。

 海勢頭(うみせと)恵子(近畿大学講師) 5月11日(水)
「沖縄問題」
  ・・・沖縄の近現代史を映像や音楽などを交えてたどり、「沖縄問題とは何か」
を考える。

山本勝也(山口大学経済学部准教授) 5月19日(木)、5月20日(金)
 「世界の水資源の危機」
 ・・・「競争相手」の意を表す「ライバル」は、「同じ川を利用する人」というラテン語に由来。水資源を「経済財」としてではなく、地域住民や団体によって共同し て管理されるべき「コモンズ」(共有財産)とし理解されるべきだという視点から、世界の具体例を検討。

 澤野義一(大阪経済法科大学教授) 5月27日(金)
「憲法問題」
・・・「原発の存廃に関する憲法問題」、「改憲論と緊急事態条項導入論」、現在の焦眉の課題。

第4限「共生・協同社会建設を学ぶ講座」
 津田直則(桃山学院大学名誉教授) 5月23日(月)
「スペイン・モントラゴン協同組合コミュニティ」
  ・・・社会的経済を担う協同組合社会の講義。

 武(たけ)建一(関生委員長) 5月27日(金)
 「労働組合論」
 ・・・「関生型労働運動②」、前回の「関生型労働運動①」(4月22日)の続き。閉塞している日本の労働運動の新しい境地を拓き、さらに発展しているコミュニティ一体型
の労働運動の歴史的意義について。

 学生のレポート

① 水曜日 第1限
「世界を動かしている力とはなにか?」 本山美彦講師(2016年5月24日記)
学生(A)
 アメリカは自由競争の社会ではないことが、1932年、バーリ&ミーンズによって暴かれた。アメリカ社会ではアイビーリーグ出身者でないと出世が見込めない。そのアイビーリーグでは合格基準がなく、ハーバードでは面接で事務局が有名人や金持ち、政治家の子弟ばかりを入れている。

マーケットは操作されている。大企業が価格を決めている最たるものは電気代や電車料金。大企業はマーケットに従わず、それを自由に操ることができる。
資生堂は価格を下げることなく大規模な宣伝、ファッションショーを展開し、主婦用の安価な化粧品「チフレ」を追い落とした。

アメリカ企業の特徴は全てを配下に収める。上も下も一体となって、一握りの企業のトップによって支配されている企業集団を「トラスト」と呼称する。例えばUSスチールは鉄道で石炭を運ばねばならない、すると、石炭の産業、そして鉄道も支配下に収める。ピッツバーグの鉄鋼産業を支えるために、あらゆる他の分野を支配下に収める。
日本企業の特徴はアメリカと違って寡占化を嫌い、下請制度を採用している。下請の中小企業は独立しているが、いらなくなったらいつでも切れるようにしていて、大企業に奉仕する企業だけと取引を交わす。

これまで近代経済学では価格が下がると生産しなくなるといわれていた。しかし企業は従業員を雇っている以上、安易に解雇することができない。価格が下がろうと、薄利多売で乗り切ろうとして生産量が増える。ここで過当競争が起こる。
価格が上がったら需要が減るというのも怪しい。値段の高いものを安心して買ったり、ブランドネーム目当てに高価な商品を買う人はいくらでもいる。価格は上げれば上げるほど、需要が増える。ルイ・ヴィトンの財布などは1,000円だと誰も買わない。こうした人間の「欲」などを経済学は考慮していない。

日米自動車摩擦では、通説によると日本に自動車を売らせないよう圧力を掛けて保護貿易になったと言われているが、アメリカは日本から輸出するのではなく、アメリカへ進出してくれと言っていた。
トヨタは部品を下請に作らせてばかりいるので、トヨタがアメリカに来れば下請も来るだろうと見越していた。その下請をGMが使いたがっていたが、下請はトヨタ以外の部品を作ってはいけないことをアメリカは問題にしていた。

円安になっても「輸出」が伸びないのはなぜなのか。それは貿易の半分以上が国対国ではなく企業対企業の「企業間取引」だからである。中国との貿易などは、中国に進出した大企業の子会社と貿易をしている。日本のマスコミは「輸出」ではなく「売上」が伸びていると表現している。大企業は生産拠点を海外に移し終えていて、輸出の数量が増えることはない。だから、1ドル100円よりも1ドル120円で売ったほうが、円に換算した時に儲かっている。海外子会社からの配当金が非課税であることも付け加えて、円安とは企業間取引が可能な大企業のみを利する。

② この1か月間(5月)で学んだこと、感じたこと(2016年5月20日記)
                    学生(C)
1、基礎ゼミナール(第1限)
(1)「資本主義とはなにか?」(斉藤講師)
 第4講(5/10)
フランスの「レギュラシオン理論」でみる現代資本主義という学びであった。
新古典派経済学おいては、「調整」というプロセスは市場で自動的に行われるものと解されている。しかし、現実には利害関係を調整するプロセスがないと資本主義、市場は存続できない。その問題に焦点を当てたのがレギュラシオン理論である。この理論は調整プロセスを重視した制度派経済学のひとつである。市場の自動均衡能力をうたう新古典派経済学、新自由主義とは背反する考え方である。
レギュラシオン理論における調整とは国家による市場介入だけでなく、市場外における幅広い分野の調整、例えば労使間における交渉や闘争、最低賃金・社会保障制度、消費者信用、通貨管理制度なども含み、いわゆるフォーディズムもその調整モデルのひとつであると理解する。
この講義で感じたことは、レギュラシオン理論は人々の間の社会関係をしっかりと見据え、人間性、社会性を踏まえた上での考え方であること。それに対し、新古典派経済学の考え方からは、社会性や人間性が全く感じられず、それはマーケット=カジノで儲けるための理論、いうなれば博打場の胴元のためのバカラで金を吸い上げるための技法であるかのように思える。
この講義を受ける中で、関西地区生コン支部の産別運動について思いを巡らせた。関生支部の産別運動は、中小企業(群)に対し、闊達な要求闘争を展開しつつ同時に、中小企業(群)と共闘して、大企業と中小企業との取引条件改善をめざすものである。中小企業とは一面闘争・一面共闘の関係にある。これは労使の団体交渉という市場外における調整と市場における調整を連動させて同時に行うものであり、フォーディズムなどにおける団体交渉や最低賃金・社会保障制度、消費者信用、通貨管理制度、寡占競争、ケインズ的国家、IMF/GATT体制等の調整類型にはあてはまらない新たな調整形態であると思われる。

(2)「世界を動かしている力とは何か」(本山講師)
 第5講(5/11、5/18)
① この講義で理解できたことは、この資本主義社会において自由は人々に与えられたものではなく、一部特権階級に与えられたものであり、また世の中にまかり通っている常識(特に経済学の)などについても人々の実生活とはかけ離れたところに存在するものであるということであった。
アメリカで出世する、エリートになるためには8つのエリート大学(ブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ハーバード大学、プリンストン大学、ペンシルベニア大学、イェール大学)、いわゆるアイビーリーグ出身者でなければ覚束ない。それは一部特権階級や富裕層などが挙って自らの子息を入学させて、その子息たちは同窓や先輩、後輩などという繋がり(コネクション)を築くのである。アメリカで特権階級に君臨するためは、そのようなコネクションが必要不可欠だからである。
また、その入試に関しても合格基準がなく、公表もされず、かつAO入試、アドミッションオフィスという形態をとっており、それは事務局が(恣意的に)合格判定する形態の試験である。現実に、合格者の1/3が芸能人やスポーツ選手等有名人の子供、1/3が政治家と金持ちの子供であり、まともに受験で合格するのは残りの1/3程度である。「自由競争の国」アメリカは名前ばかりであって、実は非情なまでのエリート社会、学歴社会であった。このような状況はアメリカ社会に限らず、イギリスにおいてもそうだし、日本においても少なからずそうである。要は、現代社会においては、家庭の貧富の差や親がエリートか否か、そして教育課程がどうであったかなどが人の社会的身分に大きな影響を与えている。
 ② また、社会における格差は教育格差だけではない。トマ・ピケティ『21世紀の資本』によると、資本主義においては、資本収益率は経済成長率を超えるという傾向にあり、それは、資本(資産)所有者は時間とともに資本(資産)所有を大きくするが、それを持ち合わせていない者は、経済成長程度の生活水準向上ぐらいしか見込まれないことを意味する。このまま行くと19世紀のヨーロッパ以上に不平等な社会になるというのである。
このように、いまの資本主義社会においては、資本(資産)を有しているか否かで人々の社会的経済格差が固定され、それが格差の拡大されていたのである。
③ 市場(マーケット)においても人々の自由などはない。存在するのは巨大企業の計画的支配の下の名ばかりの自由である。
現代社会の企業は資本家(オーナー)ではなく、経営者が支配する。いうなれば経営のプロが支配しているのである。その経営者=経営のプロが支配する巨大企業はマーケットに従属しない。逆にマーケットをコントロールすることを目論む。
巨大企業の多くは、各国に点在する傘下の企業なども含めた複数の、複雑極まりない企業群からなる。その組織は垂直統合された形態(日本企業においては下請け重層構造をとるのが一般的)をとっており、それは原材料や部品調達などに市場価格の影響を受けない仕組みである。世界総輸出の3 分の2 は多国籍企業の親会社、子会社及び非子会社間の取引など内部取引であるといわれている。その様な仕組みは市場をコントロールする原動力となる。また、莫大な開発宣伝費をつぎ込んで新商品を開発する。そしてあらゆるメディアを使い、新商品を宣伝する。パナソニックの研究開発費は、日本のすべての国立大学の研究資金を合算した額よりも高額であるといわれている。それは人々を惑わし有効需要を喚起して、需要曲線を操作する力となる。
そして巨大資本は政治を市場に介入させるのである。それは80年代に日本人が開発した「TRON」という純国産OSの行く末に象徴される。
このTRONは、システムが頑強で、かつ純国産ということもあって漢字表記にも強く、ソースコードなども無料で公開されており拡張性に富んでいた。そのような使い勝手がよく、拡張性のあるTRONを国内メーカーがパソコンに搭載し、教育現場などに普及させようとした際、それを貿易障壁とみなすアメリカ側の政治的横槍が入り、結果的にTRONはパソコン用OSとして普及することはなかった。これはアメリカによる政治の市場への介入というべき事態であり、TRONの失敗の裏側で利益を得たのはマイクロソフトであった。市場にも人々の自由は存在しないという証である。
このように現代社会における民主主義においては、一見、人々に自由を保障するように映っているが、実は一部特権や巨大資本による力で大きく制限されていたということが理解できた。
④ 現代社会の経済学は、右上がりの供給曲線と右下がりの需要曲線の均衡点ですべての価格が決まるという考え方、いわゆる新古典派経済学が主流である。それは市場を自動的な安定化作用を備えたものとみなす考え方でもある。その思考の中には、労働者や消費者の顔や市民の営みの実情などは映っていない。その内実は、価値増殖にひた走る資本の行動を肯定する論理であり、それを正当化する「言い訳」のための理屈であったことを知った。
 ⑤ ガルブレイスの新古典派経済学に対する批判やバーリやミーンズの「経営者支配」がもたらす弊害の研究などに興味をもち、特にスウィージーが提唱した理論に興味をもった。なぜならばスウィージーが提案した「屈折需要曲線」の理論が、セメント産業を理解する上で役立つと考えたからである。屈折需要曲線の理論は、寡占市場において、ある企業が商品の現行価格を引き下げた場合、ライバル企業も報復のために値下げに追随するが、商品の現行価格を引き上げた場合においては、ライバル企業はその値上げには追随せず、結果的に顧客を失うことになるというものである。これはセメントメーカーの思考そのものである。
   この学びの中で、経済学を学ぶ上では、マルクスの資本論だけに固執することなく、マルクス経済学の派生の考え方やケインズ経済学、時には新古典派経済学なども批判的に学ぶなど、様々な考え方に接することが必要であると実感した。
⑥ この学びを受ける中で疑問を払しょくすることができなかった点がある。それは、需要曲線・供給曲線は眉唾の議論であり、市場にはその原理原則はあてはまらないという議論から端を発する。
新自由主義を賛美するわけではないが、自分自身の中では、需要曲線・供給曲線の関係は経済における根源理論であり、原則、市場の動向はその法則により動く。仮に市場の動向が、需要曲線・供給曲線の線形から大きく異なったものになったとしても、それは、予期せぬ資本の行動や需要・供給側など生じた微細な環境変化が複合的に絡み合ったことによる結果であり、需要曲線・供給曲線の関係が経済や市場の根源理論であることを否定するものではなく、むしろ経済学というものは、市場の動向と需要曲線・供給曲線との差異をつくっている要因を見つけ出すためのものであり、見つけ出した要因から、経済や市場を良い方向に誘導するための方策を検討するための学問ではないのかという考えを持っている。
その疑問を本山講師にぶつけると、本山講師から、マルクスは、市場という現実的な存在から、一旦、一番の根源の労働力という抽象的な存在を見出し、その上で、労働力は市場で商品として売り買いされ、そしてその価値は貨幣で表されるというように、抽象的な存在から一つひとつ思考を進めることで資本主義社会の構造を明かした。それに対し、ケインズの思考は、市場動向は、商品の価格と需要の関係だけでなく、まず労働者の賃金があって、それが商品価格や需要動向と連動しているという相対関係の視点であることなどを教えらえた。要は、経済を分析するにおいては一つの原理や原則のみに依拠するということは基本的に間違っており、凝縮された次元のみに留まって思考すべきではないとの教えがあったと認識する。
  しかし、今でも需要・供給曲線が経済の根源理論であるとの考えは変わっていない。なぜならば、物質的存在には、必ず普遍的な根源的法則が存在するからである。例えば物体の運動は、エネルギー保存の法則に則している。経済という物質的な関係においても同様に運動を規定する普遍的な根源的法則が存在するはずであると考えているからだ。
今後も本山講師にこの思いをぶつけていきたい。そのためには議論を展開する理屈、作戦を練らなければない。そのためいくつかの書籍を読もうと考えている。
このように、経済学も「け」の字も学んだことのない一般ピープルが、経済学の大家である本山講師達に対し、気軽に疑問や即興で考えたつたない理屈などをぶつけられるのがこの労働学校の醍醐味である。
以上

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 以上でお分かりになるように、本校の講義は非常に熱の入った、中身のぎっしりと詰まったものです。是非、聴講にお出で下さい(2016年5月25日、学長記)。