社会的労働運動から連帯経済へ―関西生コン労組が創出した階級闘争

斉藤日出治(大阪労働学校・アソシエ講師)

1 戦後日本における企業別労働組合とその崩壊
 戦後日本の労働組合は、欧米とは異なり、産別ではなく企業別に組織された。この企業別労働組合は戦後日本の資本蓄積過程において重要な役割を果たした。それは個別企業における労使間の特殊な妥協をつくりあげ、労働者を資本の生産性向上に向けて動員する媒体となったからである。労使間の特殊な妥協とは、経営側が正社員に対して長期の安定した雇用を保証し、その見返りとして労働側に企業への全面的な協力と忠誠を求める、という妥協である。雇用の安定を保証するこの妥協に加えて、年功賃金制は労働者の長期の就労を保証することによって技能訓練を高め、品質向上と生産性の上昇に寄与した。さらに手厚い企業内福利厚生が労働者の企業への統合と労働意欲を高める。
 しかし、このような労働意欲の向上は労働者自身の民主主義的な自治や権利を高めるのではなく、逆に資本への労働の包摂を強化する。人事考課による能力査定の制度は、高い評価を得るための労働者間の競争を煽り立て、この競争圧力によって時間外労働をふくむ長時間労働や、家庭生活を破壊する単身赴任や、人権を無視した配置転換などの労務政策を推進する。大企業の企業別組合は、臨時工、アルバイト、季節労働者などの非正規労働者、女性労働者、中小零細企業の労働者を排除する。このような企業別労働組合の労使間妥協は一九五〇年代後半から一九七〇年代前半の高度成長期、さらに一九七〇年代後半から一九八〇年代の輸出主導型の安定成長期を通じて、日本資本主義の経済成長と国際競争力を支える重要な基盤となった。
 つまり、企業別労働組合は、労働者の権利を保護するというよりも、市民社会を企業に吸収し、公正や平等の理念を排除して企業の経営効率を再優先する日本の会社社会を支える仲介機関として機能した。(このような企業別組合の労使間妥協と日本資本主義の関係については、山田鋭夫『さまざまな資本主義』(藤原書店、二〇〇八年)が説得的に論じている。)
 だがバブルが崩壊して長期の不況に入った日本の経営者は、グローバル競争の圧力にさらされて、企業別労働組合を介して進めてきた日本的経営の大きな方針転換を図る、かれらは、雇用保障を見返りに企業への忠誠を取引した労使間妥協を放棄し、派遣をはじめとする非正規労働者を大量採用して正規社員を絞り込み、労働力のコスト削減によって危機を切り抜けようとする。この労使間妥協の破棄によって、企業別労働組合は労働者を企業に統合するという機能を喪失し、その結果、労働者の雇用保障をはじめとする権利を防衛する機能をもいちじるしく衰弱させていく。

2 関西生コンの産別労働組合運動の意義
 このような資本が主導し資本の生産力に労働者を動員する媒体となった企業別労働組合に対して、労働のヘゲモニーを作動させる産別単位の労働組合運動を創出したのが、関西生コンクリート労働組合支部の運動であった。関西生コンは、いまだ企業別組合が支配的であった高度成長期の一九六五年に、全国自動車運輸労働組合の関西生コン支部としてスタートする。
 この支部は単位企業の企業別労働組合の連合体ではなく、はじめから個人参加による単一の業種別労働組合として組織され、支部自身が決議権を有する組織であった。したがって加盟する労働者個人はたがいの競争を排除して、団体交渉によって同一の職種別賃金の獲得をめざす。企業別組合がさまざまな職階別賃金の格差を設け、企業内および企業間の労働者相互の競争をかきたてて労働者のやる気を動員し、それを企業の生産力の源泉とするのに対して、生コン支部の労働運動は労働者が連帯して共通の賃金獲得をめざす。業種単位で最低賃金を保証し、かつ残業をはじめとする長時間労働に対する業種共通の規制を設ける。さらに、ミキサー車の劣悪な労働条件や長時間運転の改善を図る。雇用に関しても、企業単位ではなく業種単位で雇用を保証する連帯雇用保障制を採用する。また、各企業が労働者の福利厚生費を出資して、その資金を労働組合が管理し、業種全体で労働者の福利厚生を整備する。このような福利厚生のシステムは、企業が労働者の会社への忠誠心を高め労働者の会社への統合を強化するための手段であった福利厚生費を、企業のためではなく、労働者の権利の向上のために支出するという意味において、労働のヘゲモニーを強化する重要な役割を果たした。
 このような業種別労働組合が生まれた背景には、生コン業界に特有な事情があった。この業界は弱小の中小企業群によって編成されているため、労働組合は個別の中小企業との交渉ではなく業種単位の労使間交渉をしないと賃金・雇用・労働条件の改善を実現することはむずかしい。しかし関西生コン支部はそのような労働運動にとっての悪条件を逆に連帯労組を結成するチャンスに変えて、業種別労働組合を創出した。
 こうして関西生コン支部は、個別企業の労働組合運動を脱却し、同業種の正規・非正規の労働者に共通する労働条件を整備する社会的労働運動を担う組合へと成長する。

3 共通の産業政策の追求
 だが、この社会的労働運動はそれにとどまらず、さらに前進する。生コン業界は、弱小の中小企業のために、大資本が支配するセメント業界とゼネコンが支配する建設業界のあいだに挟まれて、セメントを高価格で買わされ、生コンを低価格で買いたたかれるという不利な状況に置かれていた。そのため生コン労組は生コン業界の中小企業経営者を支援して関西各地で事業協同組合をたちあげ、セメント・メーカーからセメントの共同受注を開始する。つまり、事業協同組合がセメント業者と価格交渉をするという集団交渉のシステムを作り出した。労働組合が中小企業経営者を支援して、生コン業界の構造改善や価格交渉を推進することによって、それを媒介にして労働条件や賃金の改善を図るという運動は、業種別労働組合の社会的労働運動の新しい次元を切り開く。熊沢誠「「社会的労働運動」としての連帯労組・関西地区生コン支部」(参考文献①所収)は、業種別の労働条件を標準化する労働運動の展開が、その帰結として中小企業製品の価格維持を労働運動の課題として設定するに至ったことに注目している。
 労働運動が個別企業を超え、さらに業種間、産業間の流通過程に介入する運動に発展したとき、その労働運動は階級闘争としての性格を鮮明にするようになる。階級闘争は個別企業内部の労使間対立に還元してイメージされやすいが、そうではない。階級闘争はかならず資本の流通過程を経由し、産業部門間の諸資本家階級との階級関係を経由する。マルクスは『資本論』第1巻の「資本の直接生産過程」において階級闘争を取り上げ、その焦点を、労働日をめぐる闘争に当てている。だが、直接生産過程における労働日をめぐる階級闘争は、かならず労働力を取引する流通過程を経由する。階級闘争は資本の生産過程と流通過程の不断の反復、およびその総過程的統一において展開するのである。資本の生産過程と流通過程を一体として、そのなかで階級関係をあつかうときに見えてくるのは、製品の価格設定交渉が階級闘争の重要なモメントだということである。関西生コン労組は生コン業界の協同組合がセメント業界からセメントを共同受注し、その購入価格を、団体交渉を通じて維持するべく介入することによって、商品価格の設定をめぐる交渉が階級闘争の重要な環であることを語りだす。(最近翻訳が出たダニエル・ベンサイド『時ならぬマルクス』(未来社、二〇一五年)は、『資本論』第二巻の「資本の流通過程」、第三巻の「資本制生産の総過程」において階級闘争を見ること、つまり生産と流通の総過程、さらには国家、家族、教育、文化の次元で「階級の形態学」を論ずることの意義を強調している。)
 セメント価格の自主的決定は、労働者の階級的ヘゲモニーを確立する重要なモメントになる。だから、このような価格交渉や産業政策への労働運動の介入は、資本にとって価値増殖を推進する資本の循環運動の効率を妨げる巨大な障害となる。資本がこの動きを「反社会的」とみなして、徹底した弾圧にかかったのはそのためである。
 
4 市場原理から連帯原理への経済転換
 生コンの労働運動は生コン産業の産業レベルでの産業政策をさらに推進する。労働組合が中小企業と一体となって近畿地区に中小企業組合総合研究所を設立し、さらには労働者の育成を目指す労働学校を開設する。
 このような社会的労働運動の展開は、労働者の労働条件の改善や雇用保障や賃上げといった労働運動の次元を超えて、資本主義に代わる連帯経済のグローバルなうねりを作り出す。
 連帯経済とは、私的資本の利益追求を最優先する資本主義に対して、食べる、住まう、暮らす、というひとびとの基本的な生活の欲求から出発しその課題を連帯と共同の取り組みによって解決する経済の仕組みで、すでに労働者協同組合、消費者協同組合、共済組合などの運動の長い歴史に支えられている。そしてこの伝統的な連帯経済への取り組みに加えて、近年では、地域通貨、マイクロファイナンス、NPOバンク、ファトレードなどの新しい連帯経済の組織形態も世界各地で出現し、さらには、それらの組織のあいだのグローバルなネットワークも構築されている。
 二〇一四年十一月にソウルで世界各地の連帯経済の諸団体が結集して開催された「グローバル社会的経済協議会設立総会」に近畿生コンの労組と協同組合の関係者が参加した(丸山茂樹「21世紀型の先駆的な労働組合と協同組合への提案」参考文献①所収、参照)。
 関西生コンの労働運動が連帯経済の潮流に参入したことには格別の意義がある。連帯経済の運動は、巨大資本が支配する現代世界のマイナーな周辺部に、資本主義の飛び地のようにして出現した。地域における生活協同組合や消費者協同組合、農村の相互扶助団体のような組織がそれである。これに対して、生コンの社会的労働運動は、巨大資本が支配する大手資本との集団的な交渉を通して連帯経済の内実を創出してきた。つまり資本主義の中心部において連帯を原理とする社会経済の仕組みを創出したのである。この運動が階級闘争たるゆえんは、それが資本主義に代わる連帯社会のモデルを資本制生産の核心部において鮮明に打ち出したところにある。
 この内実を創出した原動力は、連帯と共同の理念にもとづく運動のダイナミズムにあった。A・O・ハーシュマンは『連帯経済の可能性』(法政大学出版局、二〇〇八年)において、連帯を原理とする一連の行動の連鎖と波及効果を「シークエンス」と呼び、連帯経済の発展においてこのシークエンスが重要な役割を果たすことを指摘している。たとえば、住宅、農業、漁業などで共同の取り組みをしようとすると、その経営に関する知識が必要となり、そのニーズを満たすために社会学者や経済学者、NGO,NPOなどが協力する。その協力関係を通して、連帯意識や仲間意識がはぐくまれ、それがさらに新たな連帯組織や活動を触発する。生コンの労働運動は、ほかならぬこのシークエンスのダイナミズムを創出した。労働者の連帯を保証する産別労働組合の設立、福利厚生や雇用に関する事業単位の取り組み、経営者との連帯による事業協同組合の設立、大手資本との集団的な価格交渉、産業政策を推進するための中小企業政策研究所の設立、連帯を理念とする労働者の育成を図るための労働学校の設立などがそれである。このシークエンスのうねりが、資本主義に対抗する階級闘争を先鋭化し、その階級闘争が連帯経済というオルタナティブな社会経済システムへの道を切り開いたのである。

参考文献
① 全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部発行『関西地区生コン労働運動五〇年』二〇一五年
② 中小企業組合総合研究所発行『関西生コン産業六〇年の歩み 一九五三-二〇一三年』二〇一三年
(名古屋同人誌『象』84号、2016年春、より転載)