テロ準備罪について

「テロ等準備罪(共謀罪)」は現代版「治安維持法」
大阪労働学校・アソシエ講師 鈴田 渉(憲法・政治学研究者)

 安倍政権は過去三度廃案となった「共謀罪」法案を今通常国会において、テロ対策を大義名分に「テロ等準備罪」と名称を変え、四度目の法案提出を予定している。日弁連や全国各地の弁護士会・研究者・市民が反対の意思表明をしている。近時の世論調査においても反対が賛成を上回り、同時にわからないという層も三割程度を占めているという状況である。安倍政権お得意の数を頼んで法案を強行成立させるという性質のものではないということをまず強調しておきたい。あらかじめ申し上げたいのは、筆者は刑事法学では門外漢であるので刑法・刑事訴訟法の子細な解釈・法技術論については専門の研究者・弁護士等の実務家に譲り、憲法上の人権論や国際条約と憲法等を主たる視点にして、この「テロ等準備罪(新・共謀罪)」がいかに私たち市民社会にとって危険なものなのか、また現代版「治安維持法」といわれるのか述べていくこととする。

 テロ対策のため?
 安倍政権は東京五輪などを控え、テロ対策のため「テロ等準備罪」の必要性を説いている。結論からいうと「テロ対策」と無縁で「共謀罪」を形を変えて成立させたいための便法である。
政府は「国際組織犯罪防止条約」を批准し、テロ対策を講じるため法案提出が必要との見解である。では、この「国際組織犯罪防止条約」とは何か、テロ対策の条約なのかということが問われる。この条約は二〇〇〇年イタリアのシチリア島のパレルモで署名会議が開催された。マフィア発祥で有名なシチリアという文字通り、銃器・人身取引・密入国などの犯罪対策という内容である。以上のようにテロ防止は含まれていない。ちなみに国連広報センターの掲げている「テロ防止」の条約は核物質防護・ハイジャック防止・テロリストによる爆弾使用や資金供与など一四本の条約がある。この国際組織犯罪防止条約は「テロ対策条約」として国際的には見なされていない。(二〇〇五年、当時の南野法相もテロ防止条約ではない旨答弁している)。したがって、東京五輪などを引き合いに出して「立法事実」とするのは誤りであり、詭弁といわざるを得ない。むしろ、特定秘密保護法や戦争法制などを下支え、補強し、権力による国民監視の正当化の意図さえ感じられる。

 テロ等準備罪は現代版「治安維持法」?
 安倍首相は「一般人は共謀罪(テロ等準備罪)の対象にならない」、「組織犯罪集団」に限定していると市民に無縁なものと「安心感」を与えるかのような答弁をしている。果してそういえるのか。少し歴史をたどってみることとしよう。戦前、数十万人の逮捕者を出し、拷問などで死者を出した「治安維持法」はどうであったのか。法案提出時、天皇制を否定し国体を変革する意図をもって活動する結社や人間を対象としているので善良な一般人は対象とならないと当時の政府は主張していた。小川平吉法相は「細心の注意を払い、乱用はしてはならない」、また警察を指揮監督する内務省警保局長も「運用については非常に注意し純真な労働運動や社会運動を傷つけないように心がけ…」と見解を述べていたが、結果は一般人も巻き込む大弾圧、監視社会に道をひらいたのではあるまいか。安倍政権によるテロ等準備罪導入の理屈は治安維持法の時と全く同じである。現代版「治安維持法」といわれる所以はここにある。

 憲法上の重大な問題
 テロ等準備罪の対象について法務省は以下の見解を示した。「目的が正常な団体が、犯罪集団に一変した場合、対象となる」。極めて重大な内容を含んでいる。当初の安倍首相の見解を飛躍的に拡大させている。野党各党も首相と法務省見解は不一致であると批判した。当然である。そこで安倍首相が事例の一つとしてあげたのが「オウム真理教」事件である。「当初は普通の宗教法人であったが、地下鉄サリン事件等の凶悪事件を引き起こした…」答弁だ。
 まず指摘したいのは「オウム真理教」が「組織的犯罪集団」なのかという点である。凶悪事件の首謀者や実行犯は教祖及びそれに臣従する「教団幹部」であって、一般信者は信仰者である。その意味では憲法上認められた結社(一連の事件後、宗教法人格は失うも宗教団体)であり「犯罪者団体」というのは失当である。事実、公安調査庁が「組織犯罪を行った危険な団体」として「破壊活動防止法」適用(団体としての死刑判決)を求めたものの、憲法学者から同法及び同法適用は「憲法違反」であるとの指摘・意見もあり、一九九七年一月公安審査委員会は公安調査庁の請求を退けた。その意味では安倍首相の事例は誤りである。
 そもそも、法務省見解が許容されるなら沖縄の高江の森を守る団体が基地反対のための活動を行えば公務執行に対する「組織的妨害」と認定し、同罪適用対象として摘発可能さえなり得る。政府は、「一変」の認定は「裁判所」で行われるというが、その前段階で捜査・摘発・訴追が為されない限りにおいて「司法判断」は不可能である。よって、この政府の答弁もおかしなものである。結局、実務上、警察(捜査機関)が「組織犯罪集団」か否か、また「犯罪に該当する」か否か等、フリーハンドということになる。当然、「違法捜査」や「でっち上げ事件」などの懸念もある。政府に対してたてをつく団体・個人はいかようにも理由付けをし立件・検挙が行われるのではないかという反対派の声はあながち間違いではない。

 むすびにかえて
 テロ等準備罪の問題性のごく一端をみてきた。結局、テロよりも「等」の中身が何かということが問われる。しかし、政府は条約上適用犯罪を六〇〇余といったものをここにきて二〇〇程度に絞り込もうとしている。これはまさに「恣意的」法案作成ではあるまいか。近年、自衛隊や公安警察の違法捜査が明るみになってきている。仙台におけるイラク自衛隊派遣反対集会参加者の個人情報を「自衛隊情報保全隊」が収集し、仙台高裁は原告一人に対し、「違法捜査と認定・プライバシーの侵害」を判示した。また警察庁外事三課等公安警察が都内在住のイスラム教徒を「国際テロ対策」と称して、一人ひとりの動静を調査し個人情報を「履歴書」のような書類にまとめ、さらにデータベース化しているという恐るべき実態が発覚した。(情報共有サイトウィニーから流失し全世界に拡散した)。善良な市民運動・労働運動・一般人などへもすでに権力の手が及んでいる証左といえよう。「監視社会」の到来だ。
 その意味では、すでに進行している市民的自由を奪う「監視社会」から真の意味で自由に意見表明ができる社会に是正していかなければならない。テロ等準備罪はこれに逆行するものであり、市民社会にとって容認されるべきものではないということを強調したい。政府は法案提出を断念すべきである。そのためにも、この危険な法案の真実を多くの人たちに理解してもらい反対の声をあげてもらいたい。そしてまたメディアも政権のプロパガンダではなく、本来のあるべき姿(事実を正確に伝えること)に徹することを強く期待したい。(すずた わたる)

※新社会党大阪府本部より依頼をを受け執筆し新社会大阪№131(2017年3月発行)に掲載され転載したものです。本稿執筆時点が2017年2月末ということもあり、政府による共謀罪法案の正式国会上程をうけての内容ではありません。しかし、本質的な問題は想定される法案においても変わらないと思われます。