「グローバリゼーションのエレファントカーブ」の意味するもの

帝国主義の世界支配からのパワー・シフト

愛知連帯ユニオン 佐藤隆

 

1、グローバリゼーションのエレファントカーブ

昨今注目されている「グローバリゼーションのエレファントカーブ」とは、ブランコ・ミラノヴィッチ氏がその著書「大不平等」(邦訳 みすず書房)において描いた象の鼻のような形状の曲線である。それは横軸を世界所得分布の百分位でとり(左から右へ豊かになる)、縦軸は1988年以降の20年間にそれぞれの所得階層で何%所得が増えたかをプロットしたものだ。象の頭頂部(A点)は、「グローバル中間層」(所得分布の中央値付近20%)、鼻の垂れ下がったU字底(B点)は75~90百分位で豊かな国の中間層、象の跳ね上がった鼻先は最も豊かな世界上位1%(C点)をさす。
因みにこの統計は各国家計調査の組み合わせ、ICP(国際比較プログラム)事業のPPP(購買力評価)を使って実質所得を推定している。

 

1988~2008年までの20年間に、ミラノヴィッチが「グローバル中間層」と命名したA点では約80%の所得の伸びを示し、最も富裕な上位1%C点でも70%近い伸びを示している。しかし、B点の先進国の下位中間層の所得は停滞して取り残されているのである。この流れは2008年金融危機(大西洋経済不況)を経て今日まで強化されている。
A点は、中国をはじめとするアジア新興国の人々で、中国では農村部と都市部で実質所得がそれぞれ3倍と2.2倍になっている。インドネシア・ベトナム・タイでも所得は2倍に及んでいる。
C点は世界上位1%で半分は米国、あとはヨーロッパ、日本、オセアニアが占める。B点の豊かな国の下位中間層の停滞と比較すると、豊かな国で格差が拡大していることが解る。
因みに富の絶対増加でみると、20%を上位1%が、44%を上位5%が受け取っており、先進国の「下位中間層」の所得が「グローバル中間層」に回ったわけではないことが解る。世界上位1%の税引き後の年間可処分所得は約7.1万ドル、豊な国の下位中間層の可処分年間所得は約5000~1万ドル、グローバル中間層の可処分年間所得は約1400ドル、世界の下位5%の最貧困層の可処分年間所得は450ドルに満たない。
それでも1988年~2011年までの23年間で、米国の下層20%と中国の都市部の比較では、実質所得が6.5:1 から1.3:1へと変化している。

 

豊かな国の経済格差の拡大と世界経済における新興国の台頭という変化がはっきりと見

て取れる。

 

2、クズネッツ波形という概念と豊かな国の不平等の拡大

クズネッツは、1950年代~70年代の国の工業化の中で、「最初は不平等が拡大して後には不平等は縮小する
という逆U型曲線を描くという仮説を提起した。実際、先進国では産業革命(1844年頃)以降から20世紀初頭まで不平等が拡大し、それ以降、1970~80年頃まで不平等が縮小する過程に入っていた。
近年注目を集めるピケティは、1980年代以降の脱工業化―新自由主義経済での豊かな国における格差の拡大を指摘してクズネッツの仮説を批判、資本主義は一般に格差を拡大するが20世紀の格差の縮小は例外的に社会主義や政治闘争、社会政策が影響したものだと指摘した。
これに対してミラノヴィッチは、視野を産業革命以前と世界全体に広め、経済は不平等を拡大する過程と縮小する過程の波を繰り返す(クズネッツ波形)とした。これは一種の弁証法であると思う。そこで、ミラノヴィチは、産業革命以後では不平等を拡大することのできるスペースができたとし、不平等を押し下げる力には悪性の力(戦争・内戦・疫病)と良性の力(社会主義と労組・教育・社会政策・高齢化・技術変化)があるとし、また、経済的な力と政治的な力の相互作用を指摘して、政治闘争は所得の分配を巡って争われるがそれはずっと幅広い経済環境の中で起こる、とした。そして、20世紀初頭からの先進国での不平等を縮小させた力については、経済的要因として都市部への人口集中や教育の向上を上げ、政治要因としては、ピケティの指摘した点に先行して、イギリスでの労働貴族の登場や帝国主義の競合としての戦争があったとする。

 

3、各国間の不平等と移民

世界全体に目を転じると1820年頃から1980年まで不平等は一貫して拡大していく傾向にあった。19世紀には産業革命が欧州で起こったことにより、次いで20世紀には帝国主義の支配によって。そこで貫かれたのは植民地主義である。ポール・バイロックは植民地契約について「植民地は本国とのみ、本国の船で輸送される商品のみ取引ができ、また、工業製品を作ることができない」と指摘している。エンゲルスはイギリスの植民地搾取と工業的独占を労働貴族の発生の原因とし、ブハーリンは植民地搾取による労働貴族の発生が第二インターの崩壊とその戦争協力の要因であるとした。第2次世界大戦後の旧植民地諸国の政治的独立も、周辺国の豊かな国への経済的従属を解消しなかった。
植民地搾取の結果、発生したのが市民権レント(市民権プレミアム)だ。1820年には不平等の要素は階級が80%で場所が20%であったが、豊かな国と貧しい国の不平等の拡大により19世紀半ばまでにはこれが逆転し、不平等の80%は生まれた場所で決まり、階級で決まるのは20%になった。現在では、最貧国コンゴの所得に対し、米国は9200%、スウェーデンは7100%、ブラジルは1300% イエメンは300%となっている。貧しい国は労働時間が長いにもかかわらず、同一職業の賃金差は、「ニューヨーク・ロンドン」:「北京・ラゴス・デリー」で比較すると、建設作業で11:1、熟練工で6:1、エンジニアで3:1となっている。

市民権レントが生み出すものが移民である。97%の人は生まれた国で暮らすので移民は3%
2億3000万人であるが、増加率2.2%と人口増加率の倍となっており、そして移民を望む人は7億人15%に及ぶ。そこで貧しい世界と豊かな世界が接する世界各地域には築かれている。
発達した社会保障のある国(スウェーデン等)は低スキルの移民を引きつけ、流動性の高い国(米国?)は高スキルの移民を引きつける。そこで受け入れ側の国は、「資格を満たした移民」の受け入れや一定金額(米国なら100万ドル等)を投資した移民の受け入れの政策をとっている。しかし、グローバルな視点からはこれは極めて差別的で、貧しい国の高スキルの流出として不平等を拡大する。付言しておけば、実際の移民は、社会サービスや社会移転を得る以上に納税しているのに、である。

ところが、1988年以降、産業革命以後にしてはじめて各国間の不平等が縮まっている。世界のジニ係数は、1988年72.2から2008年70.5、2011年67へと推移している。
豊かな世界の停滞とそれ以外の地域(特にアジア)での成長がその原因だ。2000以降の成長率は新興国で4.7%、豊かな国で1%となっている。米国と中国・インドの1人当たりGDP比は、1990年の20:1から2010年の4:1へと変化している。

 

4、帝国主義の世界支配からのパワー・シフト

この1988年以降の世界経済のパワー・シフトをミラノヴィッチの視点(家計)とは違う視点から見てみよう。「日経新聞」によれば、G7メンバー(日本、米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ)は、名目GDPで見た場合、そのシェアはピークの1980年代後半に70%近くあったが、G7のGDPシェアはそこから下降線をたどる。90年代~2000年前半までは60%台をキープしていたが、08年のリーマン・ショックを経て、2014年には50%を切っている。 一方、存在感を高めたのが新興国で1994年と2014年の20年間の変化を見ると、G7が50%を切ったのに対し、「BRICS」各国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)のGDPシェアは7.3%から21.9%に上がった。14年の世界シェアでは中国だけで世界全体の約13%を占めた、という。

1988年とは、世界のひとつの転換点であった。1980年代に始まった新自由主義、1989年のベルリンの壁崩壊、1991年ソ連崩壊、1993年中国の社会主義市場経済導入と続く現在のグローバリズムの始まった時期である。

20世紀初頭に形作られた世界経済の体制をホブソン、ヒルファーディング、レーニン、ローザらは「帝国主義」と呼んだ。レーニンは「帝国主義は、資本主義一般の基本的属性(競争)の発展の直接の継続として生じながら、一定の段階でその若干の諸属性がその対立物(独占)に転化しはじめたときに発生した」とし、その定義として「帝国主義とは、独占体と金融資本との支配が形成されて、資本の輸出が顕著な意義を獲得し、国際トラストによる世界の分割がはじまり、最大の資本主義諸国による地球の全領土の分割が完了した、そういう発展段階の資本主義」と記した。
ところが、1980年代、帝国主義はその基本的な属性を維持しながらも、「独占」は再び「競争」に転化し、「分割」されていた世界は経済的にはグローバリズムで「ひとつ」に結び付けられた。そこから帝国主義の世界支配の下で停滞を余儀なくされていた旧植民地諸国が経済発展の軌道に引き込まれつつあると言える。
もうひとつの指標を示す。2017年、米国は世界最大の純債務国(947兆2074円)に転落している。米国は1982年頃には恒常的な経常赤字になり、1987年頃に対外純債務国に転落した(IMF)。正に帝国主義の基軸中の基軸が「資本を輸出する」側から「資本を輸入する」側へと変化したのだ。

もちろん、「豊かな国の停滞と新興国の成長による経済の収束」というこの四半世紀の現象は単純に続くと予想できない。ミラノヴィッチによれば、アフリカが成長の軌道にのることが必要だが、現在はまだそれは見通すことができない。アフリカはこの1世紀、紛争・内戦・天然資源の物価変動によって経済の急成長と急降下を繰り返した。コンゴとマダガスカルの所得は80年前と同じである。
また、新興国の経済成長の内実をみても豊かな国の金融緩和と深く結びついていて、来る次回の金融ショックは、2008年と違って新興国を巻き込んだ世界的なものになりかねない。
これもミラノヴィッチが指摘していることだが、経済の予想は予想当時のトレンドを拡張するに過ぎないが、時間の経過はトレンドの転換をもたらす。また、特異な予想できない出来事がその後に大きな影響を与える。かくして経済の予想は裏切られる。
それでも150年以上続いた世界の不平等と植民地主義が綻びを開始したことだけは間違いないと信じられる。

 

5、富めるものが支配する社会での我々の課題

先進国の不平等の拡大の方に戻って米国を例にみてみよう。
1980年代以降の新たな情報技術革命(通信・薬学・金融)とグローバリゼーションでは資本所得が増大、米国では上位1%が全株式の38%を、上位10%が81%を所有している。資本と労働の両方から高所得を得る者も増えている。労働所得上位1%が資本所得で上位10%に入る可能性は1980s年代で50%未満であったが、2010年には63%になっている。これが不平等に「実力主義
という装いを与えている。
金持ち同士の同類婚の広がり、また、サービス部門の不均質業務での賃金のギャップが拡大している。小単位に分散した労働では労組の組織化が困難となり、1999から2013年でOECD平均の労組組織率は21%から17%となった。民間部門で組織率低下が著しい。
可動性資本への課税が困難になって資本への減税が進み、富裕層に有利な政策が横行している。2012大統領選では26億ドルが使われ、選挙費用は2000年の40億ドルから2012年の60億ドルへと跳ね上がっている。その結果、米国議員は富裕層の関心事に下位中間層の関心事より5~6倍反応する。所得上位10%の投票率80%なのに対し、最下位10%の投票率は40%、有権者の2%が選挙権を剥奪され、その33%がアフリカ系である。左右の過激思想を避ける中間層が没落し、1979年に中央値を挟んだ所得50%の人数は33%であったが、2010年には27%となっている。
ミラノヴィッチは、近年の米国の「富める者の独裁
はインド、ギリシア、フィリピン、パキスタンと変わらないと断じている。
本来、このような現状は大衆の階級的反乱を準備するものだが、「虚偽意識」の創出と左翼政党の崩壊や中間政党の右傾化により、不満がポピュリズムや移民排斥に転嫁されている。

だが、矛盾は拡大している。社会を変革する力は労働者階級が自らを組織する力にかかっている。歴史が示すように労働者側は個々の戦闘で敗北しても、労働者側の力は次第に抑えがたいものになっていく。それを確信し、「一つの世界」へ向かって共に進もう。