月別アーカイブ: 2017年6月

社会的連帯経済の研究会

2017年7月26日13時~17時
於:大阪労働学校アソシエ教室
詳細:前回参加した
細谷 正太
山本 哲哉
トモサカ アキノリ
斎藤 日出治
以上の4名から社会的連帯経済に関する研究報告及び発表がございます。
参加費:無料

 

社会的連帯経済を様々な書物に基づいて研究していきます!
批判やディスカッション等が前提とされておりますので、
社会的連帯経済入門か以下のサイトを流し読みで良いので読了してください。
http://www.shukousha.com/category/column/hirota/

 

こちらは、社会的連帯経済に関する論文等です。参考にしてもらえたら幸いです。
前回の発表資料

 

論文資料
フランス社会的連帯経済法
連帯経済と社会的経済
社会的経済の促進・世界の動向
地域通貨から補完通貨へ
グローバル化とイスラームPVO
協同組合と雇用:世界報告
協同組合理論の展開と今後の課題
産業組合拡充運動と産青連
産業組合法の制定とその意義
戦前の東京における町内会

大阪労働学校・アソシエ 第3回公開市民講座

わたしたちの内なる優生思想を問う
―いのちの選別を求める社会と向き合う―

 原発事故による放射能の汚染は、わたしたちに不安と恐怖をあたえました。政府はその不安と恐怖に対して救済の手をさしのべるのではなく、自主避難している人々を「自己責任」と突き放しました。このような国家の棄民政策は不安をさらに増幅します。
 原発災害が発生したとき、「障害児を産むのではないか」という妊娠女性の不安が煽りたてられ、出生前診断が急増しました。染色体異常がみつかった妊婦は中絶を求めます。このようにして、生命を選別する意識がわたしたちのなかに密かに浸透してきます。
 原発災害の発生から数年を経た2016年7月26日、障碍者施設で働いていたひとりの青年が、みずからが介護していた障害者に刃物を向けて、19人の命を奪い去りました。かれは「障碍者は不幸を作ることしかできません」、とその理由を記しています。同じ発言は、すでに東京都の行政責任者によっても発せられました。「ああいうひとっていうのは、人格があるのかね」と。
 原発災害を契機とした出生前診断の増加、そして障害者を社会から排除しようとする動きは、ひとの生命を能力や効率を基準にして振る分け切り捨てるこの社会の深部から発生する動きであり、わたしたちの自身のこころのありように深く根ざしてます。わたしたちの日々の暮らしのなかに命を選別する思想が浸透していることを物語っています。
 この2つの出来事を通して、わたしたちの日常生活を見直し、自分の日常感覚を問い直し、わたしたちの関係のありかたを変えていく道筋を探るために、このシンポジウムを開催します。
 わたしたちといっしょに考え討論していきませんか。

【報告者・報告テーマ】
「優生思想と向き合って」
古井正代(脳性まひ者の生活と健康を考える会)

「優生思想を根づかせているもの-インクルーシブな社会を求めて」
山中多美男(社会福祉法人ノーマライゼーション協会理事長)

「生まれてくる生命の選別―膨張する出生前診断技術」
利光恵子(グループ生殖医療と差別)

「みんなちがって、みんないい-生権力と優生思想を超えて」
斉藤日出治(大阪労働学校・アソシエ副学長)

「優生思想を超えるつながりをどうつくるか」
後藤由美子(真宗大谷派僧侶)

「『歩けなくなったらおしまい』老いと内なる優生思想」
古井透(大阪河﨑リハビリテーション大学)

■日時 2017年7月29日(土)13時~16時
■会場 大阪労働学校・アソシエ4階ホール (大阪市西区川口2-4-2)
お問い合わせ 06-6583-5555(大阪労働学校・アソシエ)

社会的連帯経済の研究会のお知らせ

2017年6月28日13時~17時
於:大阪労働学校アソシエ教室
詳細 社会的連帯経済入門の1章から4章まで
参加費 無料

社会的連帯経済を様々な書物に基づいて研究していきます!
今回は、社会的連帯経済入門を基軸に理解していこうと思います。

社会的連帯経済入門は非常にわかりやすい本のため、予めの読んできてもらうことを前提にしています。
もし、購入に躊躇されている方は、著者が同じ内容を記したサイトがあります。以下をお読みください。

社会的連帯経済とは?

資本主義でない経済

協同組合とは

欧州における社会的経済の再登場

中南米発の連帯経済

連帯経済の精神的基盤としての「被抑圧者の教育学」─パウロ・フレイレの哲学に学ぶ

ポルトガルの社会的経済基本法

アジアにおける連帯経済の動向

アジアにおける連帯経済の実例

社会的企業や社会的起業家について

スペインにおける社会的経済

スペインの社会的連帯経済における新しい流れ

社会的連帯経済における語学の重要性

こちらは、社会的連帯経済に関する論文等です。参考にしてもらえたら幸いです。

論文資料
フランスー社会的連帯経済法
フランスー連帯経済と社会的経済
社会的経済の促進・世界の動向
地域通貨から補完通貨へ
連帯経済と社会的経済

日本の国家犯罪をめぐるグローバル・ヘゲモニー闘争-グラムシで読む日本の危機

大阪労働学校講師 斉藤日出治

はじめに
 グラムシの思想は二〇世紀の遺物ではない。現在この国が直面している立憲主義の危機、「神権的国体論」(島薗進)の浮上、国家の軍事化の動きは、一九三〇年代のファシズムの時代と対比して論じられるようになっている(中島岳志・島薗進[2016])。グラムシが没した時代の亡霊が二一世紀初頭の日本でふたたび徘徊を始めている。グラムシが獄中で練り上げた思索は、この国の一九三〇年代の時代を読むためのみならず、その亡霊が徘徊する二一世紀初頭の現在のこの国の危機を読むうえでも、貴重な手がかりをあたえてくれる。本論は、グラムシのまなざしからすると、一九三〇年代と二一世紀初頭の日本の危機がどう読み解かれるか、についての一試論である。

1 「大東亜戦争」のヘゲモニー
 グラムシは、一九三〇年代のイタリアの獄中で、フォード主義と呼ばれる米国に出現しつつある新しい資本主義、あるいは世界各国に生起しつつあるファシズムを見据えながら、市民社会とヘゲモニーの概念を練り上げていた。
 その同時期に、国内の総動員体制を整備しつつアジアに向けた侵略戦争へと邁進していった日本の歴史的動態を考察する際にも、グラムシの市民社会とヘゲモニーの概念はきわめて示唆に富む方法概念である。にもかかわらず、その方法概念で一九三〇年代の日本を読み解いた研究はほとんど皆無である。
 石堂清倫[2001]は、昭和恐慌下の一九三〇年に日本の陸軍省が全国の農村・都市を回って「時局大講演会」を二〇〇〇回近くも開催し、一六五万人の聴衆に向かって、日本の農村の窮乏を救うためには「満蒙の沃野」を手に入れる必要があるといった世論形成を推し進めていたことに着目している。日本の軍部がこのようにアジアの他国・他地域に対する侵略のための合意形成に向けて国民を動員するヘゲモニーを行使しているときに、自由主義者や左翼はその対抗的ヘゲモニーを打ち出すことができなかった、と、石堂はみずからの経験を踏まえて述懐している。
 さらに石堂は、当時の日本が、中国への侵略を進めているときに、その侵略に抗する中国の対抗的ヘゲモニーに関しても無知だったわけではない、ということに注目している。満鉄調査部は「支那抗戦力調査」を実施し、その実態を踏まえて、日本の軍部がもっぱら軍事力によって「日中戦争」を解決することが不可能であることを悟っていた。にもかかわらず、日本は政治的な解決への道を探ることなく、戦線を泥沼化させ、拡大して、やがてアジアの南方進出と対米戦争への道を突き進んでいった、と指摘している。
 国民大衆を侵略戦争に向けて総動員していく合意形成の組織化と軍部による「日中戦争」の軍事的解決とが不可分に連動して「大東亜戦争」への道が開かれていったことを考えるとき、グラムシのヘゲモニー概念は一九三〇-四〇年代の日本の破局の歴史をふりかえるうえで貴重な示唆を与えているように思われる。
 日本がアジアの他国・他地域の資源、土地、農林水産業・各種産業、そして民衆の生活と生命を日本の富として略奪することはあきらかに不当であり不正義なことである。にもかかわらず、この不正義を「正義」として表象させる言説が一九三〇年代の日本人の思考と行動を支配し、その言説のもとに国民を結集する広範な社会運動が組織された。一九三〇年代に台頭した「汎アジア主義」のイデオロギーは、日本の中国をはじめとするアジア諸国に対する侵略戦争を欧米列強に対する「アジアの解放」の戦争として正当化する言説として機能し、欧米から「大東亜共栄圏」を「防衛する」ための「自衛の戦争」と言いくるめるヘゲモニーの機能を果たした。この侵略戦争に向けた合意形成と国民の動員体制の道程について考察した松浦正孝[2010]は、ヘゲモニーの視点から「大東亜戦争」の原因を探るうえで貴重な分析を提供している。
 松浦は「大東亜戦争」が軍部および政府によって引き起こされただけでなく、「大アジア主義」を理念に掲げる「大亜細亜協会」という思想文化研究団体が、軍部、政府のみならず財界、研究者、知識人、農民運動・労働運動、在日アジア人など市民社会の諸勢力をまきこんだ一大国民運動を組織し、この国民運動が日本の中国侵略戦争のゆきづまりを打開する道として、アジア南方への軍事進出と対英米戦争への道を開いた、として、そこに「大東亜戦争」を生起させた原動力を読みとろうとする。
 「大亜細亜協会」は一九三三年三月一日に結成された。この団体は、一九三一年の「満州事変」、一九三二年の「満州国」偽造に対して国際連盟が不承認決議をおこない、日本が国際連盟を脱退するさなかに、「満州国建国」後のアジア問題をアジア全域の文脈において検討するための文化・思想の運動として始まった。「大亜細亜協会」の会長に就任する松井石根(一九三七年一二月の南京大虐殺のときの総司令官)は、「亜細亜の問題は須く亜細亜をして解決せしめよ」という方針のもとに、欧米諸国や社会主義陣営が国際地域連盟を作っているように「亜細亜連盟を作るしかない」(松浦正孝、五三九頁)という思いを強くする。
アジア主義は、当時のアジア各地で欧米諸列強の植民地支配に抗するアジア民衆の解放の理念でもあった。この理念を支える多様な解放運動のエネルギーを帝国日本が欧米諸列強に対抗しつつアジアの植民地支配を推進するための理念へと流し込み、アジアの侵略戦争を正当化する言説へと回収するための組織として、「大亜細亜協会」がたちあげられた。
 松井は、そのために、政府や軍部から距離を置いて、多様な身分や団体に所属するひとびとが結びつく思想・文化団体として「大亜細亜協会」を組織する。そのような下からの民衆の熱狂的エネルギーを結集する回路として「大亜細亜協会」というヘゲモニー装置が創出されたのである。
 松井石根は、一九三一年から三六年にかけて、台湾、朝鮮、「満州国」中国、フィリピンといった植民地および軍事占領地で「大亜細亜協会」の支部を結成し、国内各地でも支部を組織して時局講演会を開催して「汎アジア主義」の普及に奔走する。「汎アジア主義」という言説のもとに、陸軍、海軍、外務省、学者、実業家、報道関係、医師、農民運動、労働運動、在日アジア人などの多様な集団の成員を結集して、天皇が統帥する日本を盟主とした「大東亜共栄圏」構想が国内外に浸透していく。それは植民地・占領地の諸地域までもまきこんだ知的・道徳的理念を組織する一大大衆運動として発展していく。
 松浦は、さらにこの運動が一九三九年夏に中国の天津の租界事件を契機として、軍部の措置を支持し英国を非難する一大反英運動となって高揚し、それを契機として、日本の中国侵略戦争が対英米戦争へと戦線を拡大していく重要なモメントになったことを指摘する。日本列島および植民地・占領地をもまきこんだ多様な社会層を「アジアの解放」という理念のもとに統合し知的・道徳的ヘゲモニーを発揮する一大運動が、一九四〇年九月の日独伊三国軍事同盟をはじめとする政策決定過程を支える原動力となり、のちに「大東亜戦争」を国策として推進していく駆動力となる。

2 「戦後」日本における国家犯罪の否認のゲモニーとその危機
 「汎アジア主義」という言説の下に遂行された「大東亜戦争」は、この戦争に抵抗する非武装のアジアの民衆を無差別に虐殺し、戦争遂行のための労働力として強制動員し、女性に対する性的暴力を行使し、アジア各地の食料、資源、家畜、家財を略奪するおびただしい国家犯罪を強行した。アジア各地に細菌を散布し、捕虜の身体を生体解剖し、女性を日本軍兵士の性的欲望にさらす、この犯罪行為が、「治安戦」「討伐」「掃討」という名で呼ばれ、指導者だけでなく日本人民衆もそれを当然の行為として受容した。
 しかし、敗戦後の日本は、アジアの民衆にもたらしたこれらの国家犯罪について、みずからの責任においてその実態を調査し、犯罪者を処罰し、被害者に謝罪し、賠償することはなかった。「大東亜戦争」の最高の責任者である天皇は、米国との妥協的取引によって日本の戦後秩序の後継者として免責され、多くの軍人は極東裁判のABC級戦犯を除いて責任を免れた。
 この日本の国家犯罪の免責は、敗戦後の日本社会の深部に「大東亜戦争」の道徳的・知的指導を存続させる重大な要因となった。国家犯罪の免責は、国家犯罪の否認のイデオロギーとして戦後日本の市民社会の深部に定着し、その国家犯罪を事実上肯定したままの状態に放置する。日本がアジアの植民地支配および「大東亜戦争」で行使した国家犯罪の事実を究明し被害者に謝罪し賠償することは、日本の国家が負うべき歴史的責任であると同時に、主権者となった国民の歴史的責任でもあった。
だが、日本はアジアの民衆に対する加害の責任を、米国への軍事的従属と天皇制の護持による国体の存続という制度的妥協の構造によって不問にした。冷戦という国際秩序がこの加害責任を包み隠す国際的要因となった。冷戦体制によるアジアの分断が、日本の国家犯罪を告発する被害者の声を封じ込めた。日本は米国の極東軍事戦略と核戦略の傘に身を寄せて、非武装平和の装いのもとで経済成長にひた走った。米国の再軍備の要請を拒み平和国家のイメージのもとに経済大国化への道を突き進むことによって、戦前との断絶のイメージが戦後日本の歴史認識を支えた。日本は米国に敗北したが、アジア諸国には負けていない、という大衆意識が、日本の国家犯罪を肯定する要因となった。日本は経済成長から「経済大国
への道を進むことによって、戦後アジアにおける経済的な覇権を確保し、経済ナショナリズムによって敗戦のトラウマを上塗りし、この経済的覇権によって国家犯罪を押し隠し続けた。
 だがこのような戦後日本における国家犯罪の否認(=国家犯罪の事実上の肯定)のヘゲモニー構造は、一九九〇年代以降大きく揺らぐことになる。一九八〇年代後半に高揚したバブルが一九九〇年を境に崩壊し、その後「第二の敗戦」と形容される長期の不況がこの国を支配する。他方で、韓国、台湾、香港、シンガポール、つづいて中国が輸出主導型の経済成長を遂げることによって、日本のアジアにおける相対的な地位が低下し、アジアの覇権が揺らぐようになる。
 さらに、冷戦の崩壊によって、それまで冷戦体制によって包み隠されてきた日本の国家犯罪に対して、アジアの被害者民衆が告発を開始する。「慰安婦」制度の犠牲者、強制連行・強制労働の被害者、戦時性暴力の被害女性、住民虐殺の遺族が日本の国家犯罪に対する謝罪と賠償を求める訴訟をつぎつぎと提起するようになる。
 戦後、日本の深層に沈殿する国家犯罪の否認=肯定の体制は、天皇制の存続による国体の護持と米国の軍事的覇権の受容という日米の制度的妥協によって保護され、戦争を米軍による空爆や被爆の被害の体験によって記憶する日本の市民社会における支配的な歴史認識によって隠蔽されてきた。その隠蔽し続けてきた日本の国家犯罪が、ポスト冷戦、アジアの経済成長、日本の長期不況と経済ナショナリズムのゆきづまり、アジア民衆の告発、といった一連の動きのなかで、しだいに市民社会の水面に浮上するようになる。
 さらに、この国家犯罪の告発は、国家を超えたグローバル市民社会の地平からも発せられるようになる。一九九〇年代以降、国際社会は日本に対して「慰安婦」問題、強制連行などの国家犯罪について犠牲者への謝罪と賠償に対する取り組みを強く求めるようになる。一九九三年ウィーンの国連世界人権会議は戦時下性暴力について公聴会を開催する、一九九四年には国際女性差別撤廃委員会が日本政府に「慰安婦」問題に対応するよう求める。同じ一九四四年国際法律協会が「慰安婦」問題について日本政府に責任があることを指摘する。一九九五年世界女性会議が「慰安婦」問題の討議と犯罪者の処罰・被害者の保証を求める行動綱領を採択する。
 日本の市民社会において日米の制度的妥協によって包み隠されてきた日本の国家犯罪は、グローバル市民社会の知的・道徳的指導によって照射され、その非人間性、不正義が白日のもとに照らし出される。
 この動きは、グラムシが提示した市民社会のヘゲモニーが主権国家の枠組みを超えてトランスナショナルな次元で作動する時代が到来したことを意味する。そして、このヘゲモニーは、主権国家の内部に反作用する。日本の国家犯罪に対するトランスナショナルな告発のヘゲモニーに対して、日本の市民社会が示した反応は、この国家犯罪の事実を公然と否認し、告発のヘゲモニーを「主権国家日本をおとしめるための国際的陰謀
へと読み替えることであった。このような受動的革命のヘゲモニーを担う代表的な集団が日本会議である。立憲主義を否定し神権的国体論を日本の社会形成の理念に掲げるこの市民団体は、神道連盟をはじめとする宗教法人の諸組織を核として、財界、知識人、都道府県議会および国会議員を巻き込んだ思想文化集団として自らを組織し、日本の市民社会の知的・道徳的ヘゲモニーを掌握する。一九三〇年代に出現した「大亜細亜協会」が提唱する「大東亜戦争」は、日本会議を中心とする右派の論壇が唱える「歴史戦争」というかたちをとって再現していることがわかる。
 米軍への軍事的従属によって国体を護持した日本の国家は、経済的覇権の弱体化を補完すべく、日米安保条約を日米軍事同盟に変換して、米国と軍事的負担を分担しつつ、アジアに対する軍事的・外交的覇権を強化しつつある。この国家の権威主義的で軍事的な再編と市民社会の「歴史戦争」のヘゲモニーが共進化して、日本は一九三〇年代の亡霊を呼び出しつつある。
 わたしたちは、おそらくグラムシが予想しなかったグローバル・ヘゲモニー闘争の時代に突入している。それは、日本における国家犯罪の肯定=否認の構造を、グローバル・ヘゲモニー闘争を通して解体し、日本の市民社会が国家犯罪に対する歴史的責任を果たす主体へと生成するグローバル・カタルシスの闘争の出現を意味する(今日の時代が主権国家に拘束されたグラムシの時代を超えるグローバル・カタルシスの時代であることについては、『グローバル化を超える市民社会』第10章を参照されたい)。
 
むすび
 日本人は、みずからの国家が敗戦によって軍事国家から平和国家へと自動的に一八〇度転換したかのように思い込んだ。しかし、国家のこのような転換が実質的に生ずるためには、「汎アジア主義」の理念のもとに「大東亜戦争」を生産していった市民社会の知的・道徳的指導性を日本の市民社会自身が転換するという経験を経由しなければならない。日本はこの経験を置き去りにしたまま戦後の歩みを始め、今日に至っている。
グラムシは、サバルタン問題を論ずる中で、市民社会と国家のこの関係をつぎのように語っている。市民社会において、サバルタンが市民社会の単なる関数としての地位から脱して、支配的ヘゲモニーの従属性を克服し、主体的自立性を形成、発展させていく場へと転換すること、この転換が、国家の転換を可能にする、と(グラムシ[2011]一〇二頁)。したがって、国家が転換するためには、経済構造と立法権力を備えた国家とのあいだに存在する市民社会が「ただ学者の著作や法律上だけでなく、具体的かつ根本的に変わらねばならない」(グラムシ[2011]一〇四頁)。この具体的かつ根本的に変化した市民社会が国家を指導するとき、はじめて国家の転換は可能となる。
 日本の市民社会が日本の国家犯罪を肯定=否認し正当化する集合意識から脱して、国家犯罪に正面から向き合うこと、その歴史的責任を果たす方向に向けて努力すること、国家の転換を可能にするのはその実践をおいてはない。このヘゲモニー闘争は、二一世紀日本の市民社会にとって、避けて通ることができない課題なのである。
 日本の国家犯罪の歴史的責任を問う過程は、サバルタンが市民社会の主体として立ち現れる過程であり、サバルタンを歴史から抹殺してきた国家を超える過程である。

参考文献
石堂清倫
[2001]『20世紀の意味』平凡社

グラムシ A.
[2013]『知識人とヘゲモニー「知識人論ノート」注解』松田博編訳、グラムシ『獄中ノート』著作集Ⅲ、明石書店
[2011]『歴史の周辺にて「サバルタンノート」注解』松田博編訳、グラムシ『獄中ノート』著作集Ⅶ、明石書店

斉藤日出治
[2010]『グローバル化を超える市民社会』新泉社
[2016]「現在に生き続ける植民地主義」近畿大学日本文化研究所編『変化と転換を見つめて』風媒社
[2017]「市民社会の共進化と新自由主義の危機」近畿大学日本文化研究所編『対話』風媒社

中島岳志・島薗進
[2016]『愛国と信仰の構造』集英社新書

松浦正孝
[2010]『「大東亜戦争はなぜ起きたのか』名古屋大学出版

山口智美ほか
[2016]『海を渡る「慰安婦」問題-右派の「歴史戦」を問う』岩波書店
(『季報唯物論研究』第139号、2017年5月より転載)